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神社に狛犬はなぜいるの?【もっと日本一問一答】

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神社に狛犬はなぜいるの?【もっと日本一問一答】

もっと日本・一問一答です!

神道・古事記・神社、こういった日本に伝わるものを知らない方のために、日本の疑問に思っていることにお答えしていきたいと思います。

では今日の質問は何でしょうか?

◉私は神社へよくお参りさせてもらうんですが、神社にはなぜ狛犬さんがいらっしゃるのかなと思いまして。

実はこれには重要な意味があるんです。一般的に狛犬と呼ばれますね?実は狛犬じゃないんです。

◉あっ!獅子ですか?

そうなんです。向かって右側、口を開いているのが獅子。向かって左側の口を閉じている方が狛犬ですね。ですから獅子と狛犬なんです。

◉そうなんですか!どちらも獅子に見えました。

獅子とは動物で言うと何でしょうか?

◉ライオンです。

そう、ライオンです。右の獅子、口を開いているのは「阿」サンスクリット語で「宇宙の始まり」のことなんです。左の狛犬、口を閉じているのは「吽」同じくサンスクリット語で「宇宙の終わり」。つまり最初と最後。鳥居をくぐる時、「最初と最後、全てを受け入れる」ということなんです。

◉全てを受け入れる。

夫婦も「阿吽の呼吸」と言いますね。この「阿吽の呼吸」は大事ですね。夫婦は全てを受け入れる。受け入れられなくなったら終焉を迎える。神社の鳥居をくぐる時に全てを受け入れますよという想いで神社の中に入っていくというのが大事なんです。

自分を悪いところは全くない善人だと思いますか?

◉思いません。

では、良いところは全くない悪人だと思いますか?

◉それも思いません。

善人悪人というのは居ないんです。善も悪も一人の中に存在するんです。自分にも悪いところがあるのに他人の悪いところを見つけて文句を言う。自分のことを棚に上げて。だから相手もこちらの悪いところを見つけてくる。悪いところをお互いに探すと終わってしまう。そういう人たちを「穢れた」人と言います。本当に強い人間とは「良いところだけを見続ける」ことができる人なんです。善に心を留めることができる人。そういう人のことを「清らかな人」と言います。ですから相手のことを理解するのではなく一生誤解していく。

◉一生誤解していく!

それには善に心を留める。これは孔子が言った三綱領、明徳、明らかにする・民に親しむ・至善にとまる、ということなんです。徳というものはどういうものかここを明らかにしていく、これは自分を知るということ。自分の身が修まって初めて人に触れられるようになる。民のことを想うようになる。民のために行なっていても自分は完璧ではないから、良かれと思って行なったことが反発を受けることもある。その時に悪態をつかず善に心を留めて更に善を磨きましょうというのが至善にとまるということなんです。自分を磨きましょう。相手の心に奪われているのは自分だ。こういったものが狛犬と獅子の阿吽の呼吸の中で学ぶことができます。どうですか?

◉清らかな人になれるよう努力します。