コラム記事

心の授業・問題を解決してはいけない

心の授業・問題を解決してはいけない

皆さん、コロナによってもしかしたら「これからどうしよう」と後ろ向き、深刻になっていっている。前向きになるというのは真剣になるということ。この違いは何なのか。

以前、私の師匠が「問題は解決してはいけない」こういうことを仰いました。この「問題は解決してはいけない」とはどういうことなのか。

例えば、会社で何か問題が起きてお客様に迷惑をかけてしまいクレームの電話があった。それで社員も対応であたふたしている。なのにその問題を解決してはいけない、というんです。

皆さんわかりますか?私は師匠のこの話を聞いてわかりませんでした。その答えは後に分かるんですが、その時はこう仰いました。「もしかして問題を解決すれば会社は良くなると思っているんじゃない?」それは当たっていました。

皆さんも、会社から問題が無くなれば会社は良くなると思っていると思います。私もそう思って経営していました。ところがこの問題解決をするとあることに陥ります。それは「問題探し」「犯人探し」です。

つまりここにあるのは性善説ではなく性悪説なんですね。問題は何か問題を起こすのは誰なのかというようなことを管理監督するのが管理者であるかのような大きな誤解が生まれるんですね。

それを分かりやすく教えていただき、私も理解しました。師匠はこうも仰いました。「あなたの言葉の隅々に実は癖がある。どうして、どうしてと。この『どうして』を『どうしたら』に変えてみてはどう?」と。『どうして』は問題に心を奪われている状態。『どうしたら』は課題に取り組むということ

つまり「問題」の原因はいつも「一歩手前」にあるということです。その「一歩手前」とは「課題に取り組まなかった結果」これが問題。課題に取り組まない限り問題を片付けてもまた次の問題が起きる。だから問題を起こす人間は決まっている。この問題を起こす人間も課題に取り組んでいないからなんです。

 

問題が起きないように課題に取り組むことが大事です。またこうも仰いました。「あなたの夢は問題を無くすことですか?」そうなんです、夢とはそもそも悪いことではないんです。良いことなんですね。この良いことが「課題に取り組む」ということなんです。

もうひとつ私の中で気づいたことがあります。目の前にある利益に翻弄される人は、実は目の前の問題に振り回されている人なんです。結局、目に見える事しか信じることができない人は必ず問題に心を奪われています。なぜか。それは課題は問題を見つけないと取り組めません。起きるであろう問題を感じ取り、この問題が起きないように課題に取り組む。まだ見ぬ未来に取り組むということ。未来に自分を合わせていく。こういう人が上手くいくわけです。逆に、今しか見えていない人は未来が見えていないから必ず問題を抱えていきます。先ほども言ったように目の前の利益に翻弄される人は目に見えない問題に翻弄されるので結果的に未来が見えない。だから問題が起きる。それは全て自分が起こしているんです。

これをブッダは「縁起」と言いました。縁は全て自分が源になっている。目の前の出来事は全て自分が起こしている夢、幻であると言っています。自分の取り組み方次第で現実は変わるんです。自分の前で起きているんじゃない、自分の中で起きているということです。問題が起きて環境を変えたとしても、また同じ問題が起きる、また起きる。なぜ起きるのか。それは自分の目の前ではなく自分の中で起きているから。唯一変わっていないのは相手ではなく自分。

全ての答えは過去にある。過去には未来の種がある。その種、どんな種を撒くか。それによって未来が決まるんです。

今世界は繁栄よりも持続可能な社会、これを目指している。世界で最も持続している国はどこなのか、それは日本。世界の全ての答えは日本の精神にあります。