八十八の志

【理念】
一、私達は人や社会を育てる教育者である自覚を持つ。

一、自分や他人を苦しめる様な自我があったなら取り除く。

一、身を粉にして育てる事で繁栄させる。

【信条】
一、世の為、人の為に役に立つ人間になる。

一、私達が人生を通して努めることは祓い・清め・感謝である。

一、和の精神を次世代に残す為に尽力する。

一、神道の心を世に広める者の模範となり、普及に努める。
 
【心得】
一、ウシハクではなく、シラス国を共に作る。

一、自分が主役ではなく、民衆が主役の民衆の為に何が出来るのかを常に考える。

一、徳は頂点ではなく中心に置く様に努める。

一、徳とは示すものではなく、人が積んだ徳に気づく事である。

一、言挙げしない人の心の声を聴く。

一、善も悪も自分の中にある。善に心を留め、清らかに過ごすことに努める。

一、苦しい時に心は育つ。

一、良いことも悪いこともない、全てが必要なことである。(最善観)

一、この世の中に完全無欠など存在しない。

一、悲しみや苦しみ、怒りや憂い、恐れに打ち勝つ勇気がある。

一、私は清らかである為に常に魂を磨くことに努める。

一、心の底には魂があると考える。

一、常に自我を祓い、魂を清らかにし、感謝が言えるように努める。

一、足りないところを見つけて批判するのではなく、足りないところを補うことを考える。

一、人は足りないところでこそ活かされる。

一、愛と欲の区別が出来る。愛とは与えることである。

一、愛を示すとは、関心を寄せる事。関心を寄せるとは、笑顔と頷く心。

一、明るく元気に笑顔で、なり得る自分をつくる。

一、やり方とあり方の区別が出来る。

一、人を幸せにするのはあり方である。

一、頭で考えるよりも霊で感じる事を優先する。

一、霊は宇宙の真理である。魂は人の意思である。

一、魂と霊が繋がってこそ事は上手くいく。

一、霊は一つであり、優劣はない。肉体か朽ち果てても、霊は元に戻る。

一、私達の魂が清らかであることに気付けば、次の世は清らかな時代になる。

一、私達は中今を生きている。
 
【条目】
一、穢れを祓い、良いところを認め、清らかにし、感謝が言える様な人間を育てる。

一、育てるとは共に寄り添い、期が熟するまで待つ事である。

一、神道は神教ではない。行ってこそ、道はできる。その第一歩が伝える事である。

一、人様との縁を長く続ける事に努めている。

一、嫌と言う感情に打ち勝つ。最大の敵は自分である。

一、成功はやり方で手に入るが、幸せはあり方を明確にする事で掴むことが出来る。

一、人の心を学びたければ、宇宙の真理を理解することである。

一、本当に強い人間とは善に心を留めきれる人間である。

一、怒りは自分の中にある。その事に気づけば感謝が言える。

一、戦う事を正当化すると自分の所有物になり、次の戦いが起きる火種を作る事になる。

一、みんなが意見を出しても遺恨が残らない和らぐ環境を整え、事を為す。

一、みんなが決めた事には従う。

一、人を和合されるのは智や義ではなく、信・礼・仁である。

一、智・義は繁栄をもたらすが、信・礼・仁は平和をもたらす。

一、平和と繁栄、両輪あって初めて前へ進む。

一、智・義・信・礼・仁、これら全てを持ち合わせたものに徳が備わる。

一、自分の事だけ考えていたら、国も組織も長く続かない。

一、怒りは自分の中にあり、その怒りこそ弱い部分である。

一、怒りを刺激されても反撃せず、むしろ感謝する。

一、相手が変わったのではなく、自分の見る目が変わっている事に気づくことである。

一、問題の一歩手前に課題があり、問題は課題に取り組まなかった結果である。

一、問題が起きた時に、どうしてではなく、どうしたら上手くいくかを共に考える。

一、私の善が負けたから私が穢れる。私の善が勝れば相手が清らかになる。 

一、私が誰かに嫌な感情になるのは、私が尊敬されていないだけである。

一、同じ出来事でも穢れた経験にするのか、清らかな経験にするのかはその選択によって異なる。

一、霊と魂が離れ、魂のみで何かをやろうとすると、問題が起きる。それを自我と呼ぶ。(一霊四魂)

一、自分の霊と他人の霊が離れると不平不満、愚痴嫉妬が起きる。

一、相手を責めているようで、裏を返すと自分を責めている。これを穢れという。

一、人は悲・苦・怒・憂・恐と言った感情によって、成長もすれば穢れもする。

一、気が枯れる事を穢れと呼び、穢れると人は病気になる。

一、病気の兆しがある。それは悲・苦・怒・憂・恐、この様な感情になった時である。

一、清らかであれば、いつでも笑って、歌って踊れる。

一、人が篭った時に救えるのは笑顔である。

一、最大の苦しみと悲しみは準備されている。

一、喜びや楽しみは準備されていない。人生とは楽しみためにある。

一、この世の中に納得いくことはない。腑に落とすにはどうしたら良いかを考える。

一、今という日の感謝が出来れば腑に落とす事が出来る。

一、今日と言う日は私達の祖先が血となり汗となって作ってきた。

一、自分にも悪いところがあるように、誰にでも悪いところがある。

一、他人の短所を見て優越感に浸るのではなく、人の長所を見て自らを省みる。

一、荒魂は決して悪いことではなく、全体で見ると必要なことである。

一、荒魂によって徳が表面化することがある。

一、自分にとって良い人とは自分のことを認めてくれている人である。

一、ルールや規則をなくすには、それを上回る道徳心が必要である。

一、自分が正しい事を行なってその心を広める。

一、強い者が弱い者を搾取するのではなく、強い者は弱い者を助ける。

一、弱い者は強い者に依存するのではなく、弱い者は強い者から学ぶ。

一、躾とは自らが律するもの。

一、自分の為だけではなく、世の為に学んだ事を伝える。

一、最大の幸せは何事もない事。何事もないからなんでも出来る。

一、伝えることは実践の場であり、試される。縁を結ぶことで道を歩む事になり体系化する。

一、神とは示し申す。自らか律し、これらを実践することで、模範となり、社会を育てる事に努める。

一、私が模範となって行動すれば必ず私から学びたくなる人が現れる。

一、人は言ってる事を聞いていない、やってる事を見ている。

一、言葉だけ頼ることが伝える事ではなく、姿で示す事である。