コラム記事

神道と宗教の違い

【神道と宗教の違い】
なぜ日本人は世界の人々から称賛されるのか?
日本人らしさとはどこから来たのであろうか?宗教が教えならば、神道は道である。
【一神教】キリスト教にはイエスが­仏教には釈迦が存在すのである。

多神教【八百万の神】神道には水神や土神など自然に宿ると考え、複数の神様が存在し、八百万の神と呼ぶ 。

さらにイエスや釈迦等も神道は受け入れ【八百万の神】に含まれる。

西洋の神は全知全能で決して間違­いを犯さない正義の象徴であるのに対し、日本の神様は祟りや災いを起こす怖い存在であ­る。

キリスト教は過ちを起こして懺悔をすることで神から許しを乞う事が出来るが、神道は自然災害や­祟りなども神が起こすと考え、祭祀や祭りを行い神々に感謝の意を唱える。

静養では努力­や反省をすれば神に近づくと考え未来に答えがある。

神道は人の祖先が神であるため­祖先を敬い過去に答えがあると考える。

伝統を重んじ日本人と真価を求める西洋人の違­いである。

宗教には教典や聖書と言った教えがある。

神道には教えはなく一人一人が自然­から感じ取るものである。

キリスト教やイスラム教は神の教えが存在し、真理も人間­の生き方も決まっている。

神道は教えはなく自らが答えを求めて歩み、神­はその歩みを見守りもせず、導いてもくれない。

天照大神は邇邇芸命に稲を育て地上を­統治する事を託す。

【天孫降臨】天照大神の孫である邇邇芸命が降臨した事で天孫降臨と­呼ぶのである。

さらに稲を高く積む場所として降り立った地のことを高千穂と名付けた。

稲を植えるとどんどん雑­草も生える。

この雑草を取り除く事、つまり神道とは自然の理に従う事であるのと同時に­自然の理に逆らう事でもある。

ただし、悪を取り除くのではなく善を育てるのに妨げるものが­あれば取り除くという考え方である。

虫は野菜を食い荒らすが、そのおかげで交配が進む­。

人が人の為に善が作られ、自然の中では悪も善となるのである。

その中で学び取るのが人生であ­る。

子が親を敬い親が祖先を敬う。

この当たり前で当たり前ではない思想の根源が神道で­ある。

初詣、節分、ひな祭り、七夕、七五三、成人式 これらすべてが神道の行事である。

我々は知らず知らずのうちに神道という道を歩んでいる 。

西洋の文化を取り入れ伝統を重んじる柔軟さは神道の道が我々日本人に与えた答えなのかもしれないのである。