神道・神社コラム

【昭和の日】

本日は昭和天皇の誕生日である昭和の日です。

以前はみどりの日として国民の祝日だった。

国民の祝日とは【自然にしたしむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ】ことを趣旨としている。

その後、2007年に【昭和の日】なり、みどりの日は5月4日に移動した。

昭和天皇(裕仁)1901年(明治34年)4月29日(誕生日)

1989年1月7日(崩御)宝算87

在位期間は1926年12月25日〜1989年1月7日

在位期間は62年と神話上の天皇を除くと最も長い長寿だった。

激動の昭和。

明治以降、神格化され天皇の旗印の元富国強兵を掲げ、近隣諸国と戦争し、次々と勝利する。

その後、昭和天皇時代に世界を巻き込む戦争に発展。

敗戦する。

敗戦後GHQに占領されGHQの監査の元で新たな法律を施行する。

敗戦後、昭和天皇はマッカーサーとの会談で『日本国天皇はこの私であります。戦争に関する一切の責任はこの私にあります。私の命においてすべてが行なわれました限り、日本にはただ一人の戦犯もおりません。絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処されても、いつでも応ずるだけの覚悟はあります』

そして、続けてこう言いました。                

『しかしながら、罪なき8,000万の国民が、住むに家なく、着るに衣なく、食べるに食なき姿において、まさに深憂に耐えんものがあります。温かき閣下のご配慮を持ちまして、国民たちの衣食住の点のみにご高配を賜りますように』

マッカーサーは直立不動で陛下の前に立ち、
『天皇とはこのようなものでありましたか!私も、日本人に生まれたかったです。陛下、ご不自由でございましょう。私に出来ますることがあれば、何なりとお申しつけ下さい』と。

目の前にいる紳士をみてマッカーサーは圧倒されたそうです。

テレビに映る暴君の末路を見てください。

自国民に暗殺される者、他国に亡命する者、自殺する者

これが他国の頂点に立つ者の末路です。

しかし、昭和天皇は違いました。

自分の命を犠牲にしてマッカーサーに国民を助けてくれるようお願いしたのです。

この言葉の根源にあるのが三大神勅だったのです。

マッカーサーはこの時の感動を、『回想記』にこう記している。「私は大きい感動にゆすぶられた。この勇気に満ちた態度に、私の骨の髄までもゆり動かされた。私はその瞬間、私の眼前にいる天皇が、個人の資格においても日本における最高の紳士である、と思った」

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天壌無窮の神勅
この国の君主である自覚を持ちなさい。

宝鏡奉斎の神勅
自らの自我によって民を苦しめていないか。

斎庭稲穂の神勅
民を飢えさせる様なことはしてはいけない。

この三大神勅こそが我が国日本の理念です。
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これが私たちの中心であり象徴である【天皇陛下】なのです。

私達は神になることは出来ません。

しかし、神の姿に重ねて学ぶことは出来るはずです。