コラム記事

祭りの本質を知る

夢や希望は清らかなものである。

しかし、その夢や希望が叶わなければ、そこに不平不満が生まれる。

いつの間にか、清らかな心が悪に満たされ穢れとなる。

人は穢れると不平不満、愚痴嫉妬が口から漏れる。

なぜなら感謝がないからである。

夢や希望があっても感謝がなければ身は修まらず、結局自分のことで精一杯。

その感謝を届ける場所が神社である。

神社の神様を奉る最大の祭事。

それが【お祭り】

五穀豊穣に感謝を届けるのが祭りである。

そして、収穫した米を口に運べる様に精米し、人の口に入る前に神様に捧げる。

これを【新嘗祭】と言う。

まさに感謝のクライマックスである。

そうやって親や親戚、地域の人たちが一丸となって感謝を届けた。

この姿が子供や地域の感謝を育て、命を育む。

感謝の中で人が育ち、皆で力を合わせて神を奉った。

感謝とは教えるものではない。

親の姿で語るものである。

そうやって親の背中を見て、感謝を身に付け、バトンを渡して来た。

私たちはその中今を生きている。

祭りの担ぎ手も誰でもなれるものではない。

祭りまでの間、地域の為に仁慈を尽くし、一人前と認められてはじめて担ぎ手として参加出来る。

そうやって、感謝の心を形として表したものが祭りの担ぎ手として選ばれる。

しかし、こんにちではお祭りといえば出店を回り好きなものを買って終わり。

本来は地域を代表して祭りに参加したものを讃え、共に神に感謝するのが祭り。

その祭りに集まる人達のために参道に出店が並んだ。

つまり、神社の神様に感謝を届けることが目的である。

単に楽しむだけに気を取られ、本質を理解せず過ごして居たら、その神を奉る神社すら存続出来なくなる。

今一度お祭りの意味を知り、正しく伝えて行くことが未来の日本の礎になる。