神道にあるのは命だけ

罪を犯して生まれてきたと言う考えもなく、死んでから天国地獄の行く先を決める修行の場でもなく、中今を生きる。

これが神道である。

人は罪を犯して生まれてきたのでもなく、死んでからどうなるからと現世を修行の場にするわけでもない。

人とはそもそも清らかなもの。

人は生まれながらに善も悪もない。

あるのは清らかな命だけ。

その命もひとつしかない。

そのひとつがアメノミナカヌシである。

私たちの中にはみんなアメノミナカヌシが命となって人の中にある。

つまり、命はひとつである。

しかし、その命が離れると、離れた命を批判する。

その批判している心こそが穢れであり、神が最も嫌うものである。

元は同じ命、そこにふた心を持つから、批判する。

批判する時、意識は悪に支配され心は穢れる。

その状態を天岩戸と言う。

天岩戸は穢れそのものである。

だから、アマテラスを救った後、〆縄で結界を作る。

その穢れを祓う儀式が祭りである。

オモイカネを中心に神々は会議をする。

これは悪に支配された意識を善の心を取り戻す為の会議であった。

決して無理やり岩戸をこじ開け引きずり出す為のものではない。

その時、神々が考えたのが【祭り】である。

自らが扉を開き、善に意識を傾け、手を差し伸べた。

全国各地で行われている【祭り】の本当の意味は穢れを祓う儀式である。

だから、陽気に笑い、踊り、歌う。

病んだ心も穢れを祓い、善の心を取り戻す。

そして、離れた命をひとつにする。

あなたも私もみんな繋がっている。