神事とは一手間かける事

【神事とは一手間かける事】
神とは示し申す【示申】と書く。
つまり、自らが律すること。
それが神。
その示す申す道のことを神道と呼ぶ。

また、日本の神様は自然界のありとあらゆるものに宿り、数多くの神様が存在する。

それを八百万の神と呼ぶ。

つまり、誰かに教えを請うのではなく、自然と向き合い、自然の姿から学び取る。

それが真理である。

つまり、私たちは自然の真理の中で生きている。

この真理のことを霊と呼ぶ。

人の肉体に霊が宿って命は誕生する。

その命に使うときに人が持つ意思が働く。

つまり、人が持つ意思と、自然の真理が繋がってこそ物事は上手く行く。

その自然の真理を説いたのが四大聖人と言われる

イエス
釈迦
孔子
ソクラテス

彼らは宗教を作っていない。

自然の真理を説いただけ

その自然の真理のことを日本語で神道と呼ぶ。

さらにインドでは、自然の真理で人の心理を読み解き、文字や言葉、数字や図形にしたのが、天文学や医学、統計学である。

それが巻物となり中国へ渡り、体系化したものが口伝で日本に持ち込まれた。

その1つが密教。

持ち込んだ人物は、空海である。

密教には仏教だけではなく、統計学、漢方、天文学、土木などの技術も含んでいる。

その1つの統計学が宿曜

その宿曜を用いて朝廷の交渉にあたる。

その結果、嵯峨天皇は空海の弟子となる。

また、朝廷は宿曜だけではなく、風水なども取り入れ、この国を守ってきた。

京都の御所の鬼門は角が取れ、裏鬼門である猿の文様がある。

そして、鬼門の方角には鬼門を守る下鴨神社、その先には比叡山の日吉大社が祀られている。

この様に自然の真理を説いたものを形にしたのが統計学や風水、医学、土木、天文学、農学などである。

ここで忘れていけないのが、そこにあるのは全て自然の真理である。

この様に私たちは自然の真理と密接な関係で成り立っている。

しかし、現代ではその自然に触れることがなくなり、蔑ろにした結果、大きな災害に見舞われている。

大切な事は災害にあった時だけ立ち上がるのではなく、その災害が起きない様に自然と向き合う事。

地球の温暖化は私達人類が人類のために人工的に使った電気によって起こしている。

暖かい空気が上に上がり、冷たい空気が下に下がる。

これは小学生でも知っている。

その寒暖の差が激しいほど、その威力は増す。

これが災害の根源である。

無駄な電気は消す。

無駄な水道は止める。

この一手間が神様を労わることに繋がる。

神事とは一手間かける事。

しかし、人は悪いことが起きないと立ち上がれない生き物。

そうやって災害を引き起こし、自ら悲しみを作ってあるのである。

この事に気付かなければ、その悲しみはさらに大きくなる。