示し申す、それが示申

何が正しくて、何が間違っているのか?

また、誰が正しくて誰が間違っているのか?

しかし、正しいと思うことは人それぞれ、そこには対立が起こる。

そこで日本には古くから修身という言葉がある。

修身とは身を修めると書く。

これが修身教育に繋がっている。

つまり、身を修めてこそ、人の事を考えられる様になる。

つまり、矛盾に出会った時、何が正しくて、何が間違っているかで人をジャッジするのではなく、どう身を修めていくかが大切である。

神とは示し申すと書く。

自らが律すること、それが【示申】である。