日本の神様って言うどんな存在?

日本人にとって古代神道では神は決して偉大なだけではなく、鬼の様に恐ろしい存在だった。
恵みをもたらす(神)は、同時に祟りや災いをもたらす(鬼)でもある。

つまり多神教の神は二面性を持っていたのである。

一方一神教は多神教が進歩して生まれたそうだが、一神教の人々は多神教を野蛮な遅れた存在だと見下した。

一神教の誕生の成り立ちは迫害された人々が砂漠に逃げ込み、失地回復の為に正義が必要であり、正義の象徴として1人の神を掲げた。

これが一神教の成り立ちである。

復讐の為の『正義』
正義の為の『戦い』

これは今も昔も変わらない。

かたや多神教の人達は神は正しいなどとは考えず、神は恐ろしい存在で神が暴れないように祀った。

日々征服しあい、殺し合ってきた大陸では多神教は生き残れなかった。

しかし、海を隔てた日本では奇跡的に生き残ったのである。

この純粋な多神教的思想には絶対はなく、全てが平等で、1人の人間が権力を独占することを嫌った。

天下統一を果たし、幕府を開いた将軍でさえ、その力を独占する事はしなかった。

なぜなら、そこには神の存在があり、その神を司る天皇の存在があったからである。

私達は天皇と共に神に感謝し生きて来た。

その表れが全国で行われているお祭りである。

これは日本人が素晴らしいと考える前に、その様な環境を頂いた自然=神に感謝すべきである。

しかし、その祭りの意味さえ分からなくなった日本人。

全国各地で祭りの存続が厳しくなって来ている。

なぜ、祭りがなくなろうとしているのか?

その訳を今一度考えて欲しい。