コラム記事

国家神道と古神道の違い

国家神道と古神道の違い

明治政府により、利用された神道。戦争=神道と言う烙印を押された八百万の神々。

しかし、その神々が我々日本を救った。

神道は戦前と戦時中とは全く異なるものになっています。

その為、単に歴史だけを学んだ人達の間では神道を否定する人もいます。

それは軍が神道を利用して、国のために天皇陛下の為に神の為にと神格化し戦争に進ませたからです。

それが原因でGHQは日本の教育から神道を外しました。

しかし、神道のお陰で日本が潰されなかったとも言えます。

なぜなら、神道が犠牲になり、昭和天皇を救い、日本を救い、私達を救ったからです。

つまり神道の神々が救ったとも言えます。

これは解釈の問題に過ぎませんが、そう考えずにはいられません。

また、敗戦後昭和天皇はマッカーサーとの会見でこんなことを伝えています。

「私は、国民が戦争遂行するにあたって、政治、軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負うものとして、私自身を、あなたの代表する諸国の採決に委ねるため、お訪ねした」

多くの国の統治者は責めから逃れようと命乞いをし財を守ろうとします。

しかし、昭和天皇の多くのそれとは違っていたのです。

またマッカーサーは「現代文明をもって測定するなら、我々が45歳だとすると日本人は12歳の少年のようなものである。

日本人は、新しいモデル、新しい考えを受け入れることができる。

日本に基本的概念を植え付けることは可能である。

彼等は生来、新しい概念を柔軟に受け入れるだけの素質に恵まれている」と。

しかし、これこそが古神道の真髄です。

一見新しい文化を受け入れたように思われますが、その文化に染まることなく、自分達にあった文化を形成し心身共に発展を遂げました。

人に優しく、おもてなしを持って、徳を積む。

日本人に実力社会が似合わないのはその為である。

マッカーサーは日本人の【建前】を言っているに過ぎず、それこそが神道である【本音】に気づいていたかどうかは分かりません。