イスラエルと神道の繋がりを探る

【イスラエルと神道の繋がりを探る】

今日はイスラエルに来ています。

イスラエルといえば、失われた10支族

この10支族がシルクロードを経て、日本にやってき、神道の原点になったと言われています。

これが【日ユ同祖論】

それが本当に事実なのか?

他国を知らずして自国を語らずべからず。

イスラエルといえば、ユダヤ、キリスト、イスラムの聖地。

人口が約880万人

75%がユダヤ人

20%がアラブ人

●宗教の分布が

ユダヤ教75%

イスラム教17%

キリスト教2%

ユダヤ人が3人集まると4つの意見が出てくると言う、複雑な地域でもあります。

10支族がシルクロードを経て、日本にやって来たときに名乗った名は秦氏

この秦氏が平安京を作ったと言われています。

この平安京をヘブライ語で

イールシャローム

そう、イールシャロームとはエルサレムという意味なのです。

エルサレムの要の街をZION(シオン)と呼びます。

これをローマ字で読むと【祇園】

そう。

京都の祇園祭

祇園祭の装飾品をよく見れば分かる。アラブやイスラエルの刺繍があちらこちらに施さらている。

祇園祭が行われている神社は八坂神社

この八坂神社は明治までは祇園社と呼んでいました。

だから、7月に行われる祭りを祇園祭と呼ぶのです。

そして、日本語とヘブライ語の共通点もあります。

あなた【アンタ】

明らかになる【バレル】

話す【ダベル】

さらに神社の手水舎も同じような作法。

最初に向かったのはヘロデ門。

この門に菊の紋章があります。

なぜ、この地に菊の紋章があるのか?

実は日本にも菊の紋章と六芒星が一緒に刻まれた地があります。

それが【伊勢神宮】参道にある灯篭に菊の紋章と六芒星が刻まれている。

これは個人的に無茶があるかと…

そもそも灯篭自体が新しい。

日ユ同祖論を信じている人の方向ではないかと考えます。

 

そして、嘆きの壁。

なぜ嘆きの壁と言うのか?

嘆きの壁とはソロモン王が作った神殿の外壁

1950年前、ユダヤ戦争でローマ軍に破壊され、それを嘆いて嘆きの壁と呼んでいます。

神殿にはヤハウェが祀られていだそうです。

ヤハウェといえば、キリスト教やユダヤ教の神。

そして、イスラム教の神でもあります。

そう、キリスト教もユダヤ教もイスラム教も同じ神を持つ兄弟だったんです。

そして、このヤハウェが描かれているのがアメリカドル札

ピラミッドの一番上にある目のことをルシファーの目と言いますがルシファーとはヤハウェの事

このルシファーの目が日本円にも描かれているって知ってますか?

では、日本円のどこにこの目があるのか?

千円札の透かして見ると、野口英世の片目が富士山の山頂の丁度真ん中に

また、この富士山

湖に映る富士山に違和感が

これはモーゼの十戒で有名なシナイ山ではないかと言う都市伝説も

エルサレムでイエスが処刑された丘のことをゴルゴダの丘

そして、よくイエスの事をキリストと呼ぶ人がいますが、本当はキリストではなく、イエスが正解

キリストとはメシアっていう意味

だから、イエスキリストとはイエスのメシアって意味なんです。

今回、訪れたのはイエスが処刑されたゴルゴダの丘に建設された聖墳墓教会

ドアを開けてすぐ横の階段のあがるとイエスが召された場所があります。

きらびやかな装飾品で飾られ、豪華絢爛。

数十億人の信者を抱える

まさに聖地です。

それから、誰もが知っているあの場所に行きました。

ヒントはレオナルドダビンチ

分かるかな?

そう【最後の晩餐】のその場所

最後の晩餐のこの場所こそ、世界が目指す平和の象徴です。

ここはローマの十字軍が建てた教会を、その後イスラムのモスクに改築されました。

この建物は元々キリスト教会として建てられていたが、その後、モスクに改築されました。

その証拠に、あちらこちらにアラビア語が刻まれています。

さらに大切な部屋がこの下にあります。

そこにあったのはダビデ王の墓

ダビデの墓

一番上がキリスト教、そして、イスラム教、一番下にユダヤ教

十字に六芒星に月

この紋章が1つになっているのが

フリーメーソン

初代会長はダビデ王の息子のソロモン王。

宗教の壁を超えて1つになる。

これがフリーメーソンの目指すもの。

今回の旅で気づいたことは、フリーメーソンが目指している理想郷。

実は10支族がシルクロードを経てたどり着いた日本で既に1000年以上も前に実現させていのではないか?

そう感じることが出来ました。

聖地エルサレムなのに、道に沢山のゴミ。

これは民度が高いはずのこの地にゴミがあるのが?

誰もが神のように振る舞う社会。

その都は日本にある。

しかし、その都も少しずつ色褪せている。

益々、このままではいけない。

そう感じさせられた旅でした。

これは私の見解ですが、日ユ同祖論といえば日本人の祖先はユダヤ人であると考えがちです。

もし、それが事実であれば、ユダヤ人がやって来た時は日本人はいなかったことになる。

それはあり得ない。

もしありえるとするならば、渡来人としてやって来て、日本に様々な技術を伝えたと考える方が妥当である。

そうやって他国の文化や技術を見習い、ユダヤ人はが理想とした国を築いたのではないのだろうか?