コラム記事

なぜ人は分かってくれないのか?

【なぜ人は分かってくれないのか?】
私はこんなに苦しんでるのに何一つ分かってくれない。
私の置かれている環境は最悪だ。あの人がいなければ。

人は【原価】で物事を判断する。

得をすれば気分がよく、損をすれば気分が悪くなる。

100理解して貰いたいのに、80しか理解してもらえなかった。

原価が割れてしまうので、気分が悪くなる。

気分が悪い状態で人と関わろうとすると、当然受け入れてもらえない。

さらに人と隔たりが出る。

人が喧嘩をしたり、悪口を言ってる様を見ると、その人は損をしていると思っている。

損をした時の表現は『あいつが悪い』となるのです。

神道の真髄は育てることにあります。

稲を育てるには自然の理に従わなければなりませんが、雑草が生えてくると取り除かなければならず、それは自然の理に逆らうことになります。

つまり、神道とは自然の理に従うのと同時に自然の理に逆らう事なのです。

しかし、ここで間違ってはいけないのは、悪にフォーカスするのではなく、善を育てるのに妨げるものがあれば取り除きなさいと、善にフォーカスすることです。

虫は野菜を食い荒らす悪ですが、虫によって交配は進みます。

つまり、人にとって悪であっても自然界の中では善にもなるのです。

これを木を見て森を見ず、森を見て木を見ないと言います。

人が自分ならば、自然界は社会。

社会の中で自分はどの様にたち振る舞えば良いのか?

期待するリアクションは自分からという言葉があります。

周りに笑顔があるのは、あなた自身が笑顔だから周りに笑顔があるのです。

つまり、目の前で起きている現象は全て自分が作っています。